自分が体感してきた街、人、環境、世界、
そこから生まれ出す必然性を読み取り、創造を付加して、
そして、世界的私的感を見据えて創り出していく事だと考えている。
いかに防御的に空間を囲い込んでも、生活の豊かさを進行しても、
自然が住居や内部空間の中に取り込むのは、
いわば、1つの必然性であると同時に、
自然との本質的な対話が必要不可欠であると思う。
建築は建築を通して、
外(まち・都市・自然etc.)を感じる事、内側から、外(まち・都市・自然etc.)
を見ることである。
歴史的なもの、環境性、場の流れ、道の軌跡、を残していく意味でも
『今を生かす』と言うものだと思う。
私は、日本的なものを大切にしたいと思っている。
その日本的なもの、すなわち、『間』というもの。
『間』というのは、
見る人の『気』がそこに充満している瞬間を感知した時にはじめて
『間』というものがそこにあると思っている。
人の手に触れるもの、
人の感性の触れるもの、
人の感情に触れるもの、
人の行動に触れるもの、
人の目に触れるもの、
人の魂に触れるもの、
それぞれ人間の意識に直接的に多大な影響を与える。
精神を高揚する、心地よい緊張感が大切。
常に、私の作品には、『光と影』は、空間を構成する上で
重要なファクターである。
建築や空間というのは、
計算化や計量化だけでは語りつくせないバランス的なものだと考える。
このバランスをどう創り上げていくかが重要なことである。 設計とは
設計というのは、私と施主がともに創り上げていくものであり、
闘いでもあると考える。
技術や経済性だけではなく、また形態上でもなく、
人間というものの歴史観やイメージ、生活感
というものが力となり、インパクトになりうると思う。
1つの仕事を依頼されて、条件などをふまえてだんだん形を創り上げていく、
そのプロセスの中で、
『愛情』のようなものが芽生えはじめてくる。
壁には、2つの壁があると思う。いわば、防御的な壁と開放的な壁がある。
防御的な壁というのは、
単に社会や環境への拒否を意味するのではなく、
自らの存在意義を明確にして
新たな風景や別世界を創り探っていくものだと言える。
開放的な壁というのは、
外部に対して積極的に対話していくだけではなく、
光と影を感じたり、皮膚(スキン)のような、
五感を感じるような存在だと考える。